東京高等裁判所 昭和35年(く)123号 決定 1960年11月21日
少年 A(昭二〇・八・一一生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
申立人の抗告理由は、抗告申立書記載のとおりであつて、その要旨は、
申立人は少年Aの実父であるが、同少年は昭和三五年一一月四日浦和家庭裁判所熊谷支部において放火保護事件について医療少年院に送致する旨の決定を受けた。しかしながら、同決定が同少年の非行事実として判示するところの一から四までの各犯行はいずれも同少年の所為ではなく同人の関知しないところである。すなわち、昭和三五年六月二七日羽生市大字○○○○口○方火災(原判示一の事実)については、少年は同家とは親戚母子のような交際をしているのであつて、同家に放火する理由はない。また同月三〇日の同市大字○○○○口○明及び○○小学校の火災(前同二及び三の事実)についても、少年は小心であるし、また両火災は知能的犯行とみられ、まつたく少年には出来ない。さらに同年七月一六日同市大字○○○○○寺の火災(前同四の事実)についても、少年は小心であつて墓地のある場所に一人で行けないし、同夜は村の祭で友達と祭場に居た。原決定はこれらをいずれも少年の所為と認定したが、少年は警察では帰宅したい一心で聞かれるままに真実ではないが言う通りに答えたのである。であるから原決定を取り消されたく抗告に及んだ次第であるというのである。
そこで本案少年保護事件記録及び関係少年調査記録を精査してみると、原決定が少年の非行事実として判示した一から四までの各事実は右各関係記録にあらわれた対応証拠によつてきわめて明らかであつて、とくに少年の昭和三五年七月二九日付司法警察員供述調書及び同年一〇月二五日付家庭裁判所調査官調査報告書の各記載によれば、少年は司法警察員及び家庭裁判所調査官に対していずれも原判示各犯行を自供に及んでいるのであつて、それらの供述が不任意に出でたものと疑う余地があるものとみるべき跡はなく、その内容においても真実性に欠くるところはないのであつて、少年が帰宅したい一心から真実でないことを誘導されて述べたものとは認められない。なお原判示一及び三の各犯行現場に残された足跡と少年の使用していたズツク靴跡についての鑑定書によつても両者に高度の酷似性が認められ、もつて少年の自白を補強するに足るものである。また原判示二及び三の各犯行が申立人のいうようにとくに知能的な犯行であるとも認められないし、同四の○○寺境内の放火についても、少年の住家との距離関係及び現場の模様などよりみて必ずしも夜間少年一人で行けないような場所とはみられず、少年が当夜終始祭り場所に行つていたという不在証明も認められない。かくして原決定の事実認定が誤つているものとみるべき跡はなく、また法令の違反もなくその処分が著しく不当なものとは認められない。であるから申立人の抗告は理由ないものとして排斥せらるべきである。
よつて少年法第三三条第一項後段に則つて本件抗告を棄却することとし主文のとおり決定する。
(裁判長判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道 判事 堀義次)
別紙(原審決定)
主文
少年を医療少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は鮮魚商を営む父母の長男に生れ、現在中学校三年生に在学中のものであるが、
一、昭和三十五年六月二十七日午後八時三十分頃、埼玉県羽生市大字○○○××××番地農業○口○方居宅附近を夜遊び中先に実父から叱言をいわれたことに不満を抱き近くの家屋に放火してその鬱憤を晴らそうと企て、同居宅東南に位する同人所有の木造瓦葺平家建物置(瓦葺おろしの部分を含め約十三坪)に至つてこれに放火せんことを決意し、所携のマツチで、同物置東南隅の柱の外側(前記瓦葺おろしの南側に仮設してあるトタン葺おろし内)に積んであつた麦藁に点火して放火し前記柱に燃え移らせてこれを炭化させ、もつて人の住居に使用せず且つ人の現在しない右建物の一部を焼燬し、
二、右放火の際、警察官、消防士、見物人等多数の者が現場に蝟集したのを見て人騒がせをすることに興味を感じ同年同月三十日午後八時三十分頃近所に放火して人騒がせをしようと企て、自宅より空炭俵に新聞紙を詰めてこれを携行し同市○○小学校に至り同校北校舎便所の渡り廊下において、右新聞紙入りの炭俵を廊下腰板に接して置きこれに所携のマツチで点火して放火し、その腰板に燃え移らせてその一部を焼損しもつて人の住居に使用する同校宿直室に接続する同校舎の一部を焼燬し、
三、同日午後八時四十五分頃右第二同様の動機で同市大字○○○××××番地農業○口○明方附近に至り同人方東側の竹垣に放火せんことを決意し、所携のマツチでこれに点火し同竹垣をその上部の巾約二・三メートル、高さ約〇・六メートルの範囲に亘る部分を焼損焼燬し、附近の建物等に延焼する虞れのある状態に立ち至らしめて公共の危険を生じさせ、
四、同年七月十六日午後八時三十分頃前記第二同様の動機で同市大字○○○××××番地○○寺境内において、同寺本堂東側庭に置いてあつた同寺所有(住職○林○盛管理)の花輪に放火せんことを決意し、所携のマツチでこれに点火して放火し花輪約十三本を焼損焼燬し、傍らの前記本堂建物に延焼する虞れのある状態に立ち至らしめてもつて公共の危険を生じさせ
たものである。
(適用法令)
非行事実中一につき刑法第百九条第一項、二につき同法第百八条、三および四につき各同法第百十条第一項。
(少年に対する処遇)
少年の非行上および保護上特に問題となる点はその知能の低格にある。身心鑑別の結果によると、少年の知能は指数五五で魯鈍級の精神薄弱であり、このため少年は一面において、情意未分化、社会性不全、阻害場面における衝動的、攻撃的傾向等の社会生活不適応の原因となる性行上の欠点が甚だしく、他面において道義感や価値感が著しく低いので欲求不満や刺戟にあうと本件のような非行を犯し易く、またその自省心の不足にも原因して非行が慣行し易い、と要旨このように指摘されている。本件非行はいずれも早期に発見され消火されたけれども大事に立ち至るおそれは充分にあつたものであるうえその動機には通常この種非行の動機たるにふさわしいものがなく、また非行の内容をみても短期間内に連続して、多数回に亘り且ついずれも自宅の近所に放火した事案であつて前記指摘にかかる少年の精神的欠陥と性格的な異常さとを窺わしめるものがある。
少年は当審判廷において前記各非行を否認しているがその内心においてもさして非行に対する反省心があるものとは認められない。
以上の次第で少年は前記の欠点を矯正しない限り将来における同種非行の虞れが多分にある。勿論知能の低格はこれを矯正することが決して容易ではないことは否定できないが、少くともその社会的性格殊に欲求不満の健全な処理の仕方と道義意識の涵養とを幾分でも図ることはその非行防止上欠くことができない。そして少年の心身の現況よりみて少年院に収容して保護するのでなければその満足な保護は望めないと思料されるので少年を医療少年院に送致するのを相当と認め少年法第二十四条第一項三号に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 伊藤豊治)